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人生はいつ見ても波乱万丈。「東大ダイレクト」塾長にして文理開成高校理事長の四方山話。
僕が今、学生で就職活動するとしたら。。。
2012-09-26 Wed 18:49
前々回に「就職活動で内定を貰うにはどうすればいいか?」というテーマで書いたブログですが、これが、結構あちこちで評判になっているようで、色々な方から、

「あのブログはよかった」(「あのブログ「も」」ではない。。。。少し涙)

「鈴木先輩のブログを読んで、就職活動に希望が湧きました」

と言った声を頂きました。

ありがとうございます。

すっかり気を良くしたので、今日は、そのときに積み残した2番目の質問に回答したいと思います。

あ、前々回の内容をご存じない方のために、再度確認します。

その質問というのは、

「鈴木さん(私のことです)が、今、学生だとして、就職活動するとすれば、どんな会社を志望しますか?」

というものでした。

さすが、帰国子女なのに一般入試枠で現役合格を果たした東大生です。

「フツー、そんな鋭い質問、初対面で、しかものっけから聞いてこないだろ~」

って思うような質問が飛んできました。

私が実際に就職活動をしていたのは、1989年(平成元年)の夏でした。正にバブルの絶頂期の年で、日本経済が飛ぶ鳥を落とす勢いだったときです。

その体験を今更話しても、「今」を闘う学生には通用しないことは分かりきっています。

時代は変わり、昔話は役に立たないのです。

そこで、私は以下のポイントを指摘しました。

・会社のカンバンでなく、自分の名前で勝負できるスキルを身に付ける会社を選ぶべし
(会社や組織に依存した会社員人生を送ることはもう期待しない方がいい)

・より難しい挑戦機会を与えてくれる会社を選ぶべし
(安易な出世機会を見出せる会社はやめた方がいい)

・自分の価値観にあった会社を選ぶべし
(給料がいい、待遇がいい、というのは選択する理由にはしない方がいい)

うん、うん、と真剣な表情で頷く東大生。いつの間にか、パスタはキレイに平らげてました。

なかなか抜け目の無い若者です。

「鈴木さんのご指摘されたことはよく分かります。でも、具体的にどんな選択をされるのか、そこを聞いてみたいのですが。。。」

本当に若者は、遠慮ってものを知らない。。。

適当に当たり前なことを言って、お茶を濁そうと思っていたのですが、どうもそうさせてはくれないようです。

仕方ないので、私はこう話しました。

「オレなら、最終的に経営者になるという目標を立てるので、それを達成できる最短コースを選択するな。

具体的には、東大生に人気があるような東京に本社がある超一流大企業ではなく、地方で成長を続けている中堅オーナー企業。

できれば、ある程度多角化している事業ポートフォリオを持っている方がいいよね。

恐らく、有為な人材は喉から手が出るくらい欲しい状況なので、内定は楽勝にもらえるだろうし、更に、オーナー社長にリクエストもできる可能性が高いので、以下のリクエストをさりげなくしてみるかなあ。

・20代後半で、ある事業(何でもいいから)の経営に携わる機会を与えて欲しい

・20代半ばで、米国のビジネススクール留学(トップ10にランキングされるスクール限定)の機会を与えて欲しい

ざっと、まあ、こんな感じかな」

私は社会人になって23年目ですが、経営手腕というものは、ある程度若いうちから現場で実践することによってのみ磨かれるというのが持論です。

「経営者は経営実践を通じてのみ育つ」

ということです。

大企業に入社すると、なかなかこういう機会がない。

逆に、伸びている地方企業には、こういう機会が沢山ある。

また、そういう会社は、生き延びるために、東京の企業よりも海外進出に積極的だったりする。

私はそういう会社を沢山見てきました。

「え、地方にそんな魅力的なオファーを出してくれる会社があるんですか?面白いですね~。興味あります。」

東大の後輩も結構乗り気みたいです。

彼も、もはや、大企業に入社すれば安泰とか、ずっと同じ企業で勤め続けるとか、そういう考え方ではないようです。

「そうか、伸び盛りの地方企業の魅力を発掘し、優秀で意欲ある東大生を結びつけるのも悪いアイデアではないかもしれない。。。。」

後輩の学生の就職活動の相談に乗りながら、私の事業意欲も益々掻き立てられたのでした。
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教育は国づくりの根幹!
2012-09-12 Wed 17:30
「教育って、つくづく大切だよな~」

久しぶりにランチを一緒に食べた昔の友人がつぶやきました。

「おい、おい、どうした?教育なんてこれっぽっちも関心がないという感じだったお前らしくないぞ」

「いや、今、韓国や中国とのビジネス無しではウチのビジネスも成り立たないんだけど、ここ最近、両方の国とも関係が難しくなっているだろ?
これからのビジネスを考える上で、ここのリスクはヤバイと思うんだよね。」

「ふーん」

「でさ、そもそもどうして、小さな島の一つや二つでこんなにもめるかと言うと、やっぱり、教育なんだというのがオレの結論なのさ」

「韓国人や中国人があれだけ「島」の問題に騒ぐのは、小さい頃から「あの島は自分たちのものだ」と教育されてきたからだろ?物心ついたときから先生にそう教えられたら、みんなそう思いこむよ。そもそも、そういう教育を何十年も間、自国民に行ってきた韓国や中国。実は、これを黙認してきた日本政府と日本国民にもオレは非があるんじゃないかと思うくらいなんだよ」

「そう言えば、両国とも日本の歴史の教科書の内容には物凄く敏感に反応するもんな。。」

「それそれ。そこなんだよ。オレはここでもう一度、日本のあるべき教育の姿について再検討する必要があるんじゃないかと思う。それは、韓国や中国みたいに自国に都合の良いかたちで事実を歪め、教育するのではなく、当事者双方の視点から「事実」がどう見えるかを考え、その上で何をどう行動するのか、を考えさせる教育が必要だと思うんだよね」

これからの日本の国づくりには、「教育」の視点が欠かせないし、それがわが国の新しい教育のかたちを規定し、グローバルなビジネスを更に振興させる。。。

こう熱く語る旧友の顔は、いつものビジネスマンのそれではなく、「教育者」のそれに近いものでした。

わが国の「新しい教育のあり方」をビジネスマンが口にするようになってきたことが印象的なランチでした。
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日本の教育の良い点はどんなところですか?
2012-08-30 Thu 15:05
昨夜、あるフォーラムに出席してきました。

そのタイトルはズバリ、

「教育委員会について本気で考える」

これまで様々な問題がありながらも、抜本的な改革まで至ることなく、やり過ごしてきたわが国の教育ですが、ここにきて、もはやこれ以上、時代が現状放置&従来の彌縫的対応を許さなくなってきたという気がします。

いじめ問題に対する大津市教育委員会の対応のずさんさ、は警察の介入という前代未聞の事態に発展し、とうとう教育長が教育長室で暴漢に刺され、負傷する事件まで引き起こしました。

また、橋下大阪市長と教育委員会との軋轢は「政治」と「教育」の関係について我々に対し、再検討するよう迫っているように感じます。

こういったことを踏まえ、3人の識者とパネリストが教育委員会に係わる意見を述べたわけですが、問題は極めてクリアになっていると感じました。

その問題というのはこういうことです。

教育行政に携わる関係者は主として3名です。

文部科学省、都道府県の教育委員会、そして市町村の教育委員会の3名です。

この3名について、普通の組織であれば、それぞれの役割と責任とが明確になっていて、すっきりしているわけですが、わが国の教育では、そうなっていないのですね。

まず、それぞれの役割と権限、そして責任が入り組んでいる。

これは、例えば、小中学校を例に取ると明らかだと言います。

まず、小中学校の設置は市町村が行います。

で、そこで働く教員の人事権はと言うと、都道府県。

(当然、その教員たちの給料は都道府県が支払います)

そして、教育内容&方法の基準は文科省が決め、教員たちの給料を一部負担もする。。

結局、大事なことを全部一人では決められない環境が作られている。。。。

そういうことなんです。

だから、何か問題があると、自分で背負うよりは、誰か他のヒトに転換できないかと考えますし、責任の所在が曖昧ということは、逆に、関係者全員がそれなりに責任を負ってしまっているとも言えるので、想像もつかない行動を取ることもあるそうです。

「想像もつかない行動」って何でしょうか?

それは、

「なかったことにする」

「見なかったことにする」

ということ。

大津市のいじめ問題で生徒が自殺に追い込まれた事件では、多くの国民が教育当事者たちの隠蔽体質に愕然とし、怒りを覚えたのですが、

「なるほど、そういうことか」

と腑に落ちました。

もう一つ、印象に残った指摘としては、やっぱり責任の所在が曖昧ってことなんですが、

「教育委員会には責任があるんだけど、教育委員長の責任ではなく、事務局トップの教育長の責任でもない」

ってこと。

組織に対してしか責任が問えないということは、誰か個人が強いイニシアティブを以ってリーダーシップを発揮する風土が醸成されにくいですし、何よりも、その組織が保守的な殻に閉じこもってしまうインセンティブが強く働くことになります。

他にも色々なコメントがありましたが、ここでは割愛したいと思います。

最後にアンケートが配布されて、そのなかに、こういう質問がありました。

「日本の教育の良い点はどんなところですか?」

正直、思いつかなかったです。ごめんなさい。

次の質問はこうでした。

「日本の教育の問題点はどんなところだと思われますか?」

これに対し私はこう回答しました。

「わが国の教育の問題点は、子どもたちに絶対に見習って欲しくない人間の弱くて醜い部分が、その体制のど真ん中に蔓延してしまっているところだと思います。

人間の弱くて醜い部分。それは、責任を曖昧にし、責任を避けることであり、現実と向き合わず、避けて通ろうとすることであり、そして、主体的に考えず、動こうともしないことです。

子どもたちにとって一番身近な大人たちが、正しく生きていく上で最も避けなければならない悪い見本となってしまっているとしたら、とても残念です」

皆さんはどう回答されますか?


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人間の器
2012-08-20 Mon 10:36
人間の「器」ってどういうことでしょうか?

「あの人は器が大きいヒトだ」

「あの人は器が小さい」

普段よく耳にする言葉です。

でも、その定義って結構難しいですよね。

自分にとって良いことをしてくれたら、その人のことを「器」が大きいと評したり、逆に自分にとって余り良くないことをしたら、今度は、「器」が小さいと評したり。。。。

そういう意味では、評価する側の主観にかなり影響されてしまうことがきっと沢山あるような気がします。

でも、もしそうだとすると、自分の「器」を大きくしたいと思って生きているヒトは、ともすれば(評価者である)他人に自分の言動を縛られてしまうことにもなりかねません。

だから、私は、行動する側としても、その定義をしっかり持っておく必要があると思います。

ちなみに、私が持っている「器」が大きいか小さいかの定義。

それは大変シンプルで、

「誰かの幸せを心から喜ぶことができるか?」

ということです。

例えば、

「真剣勝負をしたライバルの勝利を心から祝福することができるか?」

ということですし、

「一緒に受験し、自分は残念ながら落ちたものの、見事合格した友人に対し、きちんと「おめでとう」と言えるか?」

ということです。

他人のことを自分のことと同等かそれ以上に真摯に真っ直ぐに受け止めることができること。

私はそういうヒトこそ、「器の大きいヒト」だと思います。

「東大ダイレクト」で海外子女に接する現役東大生チューターにも、できる限り「器」の大きな人間になってもらいたいと、いつも口を酸っぱくしてこういう話をしています。

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日本人とは?
2012-08-13 Mon 18:48
私が大変尊敬している先輩に、参議院議員の鈴木寛さんがいます。

鈴木寛さんと初めてお会いしたのは、私が東大に入学した直後ですから、もう26年前になります。

当時、鈴木寛さんは大学を卒業した直後で、通産省(現・経済産業省)に入省したばかりの新人官僚でした。

でも、新人官僚とは言え、「どうしたら日本と世界がもっと良くなるのか」という問題意識及びそれに対する見識は強烈で、東大合格に浮かれていた私の目をすっかり覚ましてくれたことを思い出します。

「世の中は広い。自分が逆立ちしても適わないスゴイ人がいるもんだ。。。。」

素直にそう思いました。

それから四半世紀に亘り、鈴木寛さんは私にとって大きな目標であり、頼れる兄貴でもあります。

民主党政権では2年間に亘り、文部科学副大臣の要職を務められました。自民党政権時代には余りパッとしなかった文教・スポーツ予算が大きく増額され、民主党政権としては数少ない功績を挙げたわけですが、それをトータルにプロデュースしたのが鈴木寛さんだったと私は考えています。

「鈴木寛さんのプロデュース無かりせば、今回のロンドン五輪での日本選手の活躍もこれほどではなかっただろう」

そう思わせるくらいのご活躍です。

さて、その鈴木寛さんの口癖に

「わが国のことを自分なりに真剣に考えているヒトがいたら、そのヒトは全員無条件で政治家です」

というのがあります。

その裏には、永田町で議員バッチを着けている方々の中に、わが国のことを真剣に考えているヒトが如何に少ないか、という鈴木寛さんの真意が隠されているのですが、私はこの言葉を最初に耳にしたとき、思わず膝を打ったのでした。

実に本質を捉えた表現だと思ったからです。

「じゃあ、日本人とは、具体的にどういうヒトのことを言うのか?」

その日から私が大切にしている問いです。

パスポートを持っているとか、日本語が話せるとか、日本のことをよく知っているとか、そういうことは全部、表面的なものに過ぎない、そんな気がしています。

そしてこの「問い」は東大ダイレクトで多くの海外子女と接する東大生チューターと共有することにしています。

彼らは、いつもこの問いを自分なりに考えながら海外で暮らす日本の子供たちの相談相手になっているのです。

東大ダイレクトのQualityを支えるのは、現役東大生チューターたち一人一人の深く本質的な「問い」であり、そこから生まれる「見識」である。

私はそう信じて疑いません。
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